社会に出てはじめてのお給料を手に本を買った
おいしそうなお菓子のレシピ本2冊
なぜその本を選んだのかは思い出せない
をかしなおやつ支度を生業にするとは
想像もしえなかったころのこと
まさかこの本が旅のはじまりになるなんて
思いもよらなかった
はじめての慣れないひとり暮らしの
せまい台所で本のレシピをたよりに
何度も何度もお菓子を焼いた
道具もままならない中
よくやっていたなと思う
レシピに忠実に慎重に
出来上がったときは感動もひとしおだった
イタリア各地で修行を重ねたシェフお気に入りの
イタリア菓子のレシピ集
それらは見た目は地味だけれど
食べてみると目を見張るほどおいしい
家庭の中で生まれ育まれた
マンマたちの愛あふれるお菓子たち
世界でいちばんおいしいと
シェフのお墨付きだった
太陽のようなマンマたちに会ってみたい
イタリアの暮らしがレシピのすみっこに紹介されているのを眺めては
いつか行ってみたいと思うようになった
心の奥にずっとあった憧れは
月日がずいぶん流れたある日
ふっと むくむくと沸き上った
何度もイタリアへ行ったというレモン農家の陽気なおじさんにその話をすると
背中を押されるどころかもののみごとに反対された
その歳で仕事を辞めてまで旅に出るなんてと
考えなしだったかなと落ち込んでいると
数時間後に
イタリア語を教えていて
近々渡伊する予定の人と偶然出会ってしまった
それからあれよあれよと旅立ちが決まっていった
いままででいちばん拵えたお菓子は
旅のはじまりの本にあった
TORTA DI CIOCCOLATO
さっくりではなくしっかり混ぜの
ねっちとしたどっしり生地がシェフおすすめのチョコレートのケーキ
そして数えきれないほど拵えたものとは違う
辿り着いたチョコレートのケーキが「旅の果て」
はじまりのチョコレートケーキも
おしまいのチョコレートケーキも
どっちももちろんお気に入り
そういえば幼稚園のころの夢は
ケーキやさんだったなとうっすら思い出して笑った
aneのくうねるあそぶ「はじまりとおしまい」